2017年5月21日
ポップ、ロック、ジャズ、童謡、演歌を始め、洋の東西を問わず今日楽しまれているさまざまな音楽の大元は、西洋芸術音楽、さらにはそれが近代になって発展したクラシック音楽にあります。そして、それは西欧のキリスト教会で発達した教会音楽が基礎となっています。というのも、教会音楽では、楽譜が紙に書かれて後に伝わり、その資料を基に新しい音楽がさらに書かれ演奏されていくという、他の音楽にはない独特の技術体系が構築されていき、それによって、西洋芸術音楽の基礎となっていったからですね。今日でも教会に保存されている文書や楽譜によって、どんな音楽家たちが活躍し、どのように教会音楽が発展していったのかを知ることが出来ます。
しかし、もちろん西欧世界で音楽が発展していく中には、教会の外にもたくさんの音楽があったはずです。当然ながら、音楽というのはその時代の人間の意識のあり方によっているのですから、そのような世俗音楽、大衆音楽が、教会音楽にも大きな影響を及ぼしていないはずはありませんし、むしろ、世俗音楽があって、それに対する形で教会音楽が成り立っていったと言ってもいいかも知れません。
さて、このシリーズの第3回~第8回までは、そのような世俗音楽として、西洋騎士道にそったトルバドゥール、トルヴェール、ミンネジンガーと続く吟遊詩人(宮廷歌人)たちの詩や音楽、それを受け継いだ市民によるマイスタージンガー=職匠歌人たちを紹介しましたが、 それはまだ、残されたさまざまな文書などによって、詩の内容やどのような演奏がなされたのかを知る事ができます。
しかし、当時の本当の民衆の音楽については、なにも楽譜が残っていないので、どのようなものであったのか、誰がどんなふうに演奏したり歌ったりしていたのかは、知るすべがないのです。
とはいうものの、そのような西洋音楽史の中の名もなき音楽家たちの中でも、まだジョングルール(ジョグラール)やミンストレルという職業名で知られているのは、宮廷の中やそこに近いところで活動していた者たちで、今日までその名が伝わっています。ジョングルールというのは、もともとは高貴な身分のトルバドゥール(宮廷歌人)が作者として詩を作り、実際に演奏し歌うのはジョングルールという風に、役割を分担していた芸人であったと考えられます。やがて、ジョングルールがトルバドゥールとして引き上げられたり(例えばアルノー・ド・マルセイユに仕えたピストレータ)、逆にジョングルールに身を落とすトルバドゥール(例えばオーヴェルニュの騎士ペイロール)が現れたりと、必ずしも固定された身分ではなかったようです。後には、一般に芸人のことをジョングルールと呼ばれるようになります。ミンストレルとは、宮廷に仕える楽師(芸人)の事で、後には雇われたジョングルールのことも指すようになります。