音楽

西洋音楽史と音楽家たち

第7回「アルフォンソ10世と聖母マリアのカンティガ集」

2017年4月16日

西洋音楽は、西欧の原型となるフランク王国の広大な版図を打ち立てたカール大帝が、王国をひとつにまとめるためにキリスト教化を推し進める中で、8世紀ごろにローマ聖歌を取り入れて確立されたグレゴリオ聖歌が、その大元となっています。ですから、基本的にはドイツ・フランス・イタリアを中心とした西ヨーロッパの音楽なのです。

ところで、この時代スペインでは、イベリア半島全体を統治していたゲルマン系の西ゴート王国が、北アフリカからジブラルタル海峡を渡って来たイスラム国家ウマイヤ朝によって滅ぼされ、さらに北上しようとしたイスラム軍がカール大帝のフランク王国軍によって、トゥール・ポワティエの戦いで退けられるといった事件が続きました。
その後、キリスト教徒側から見るとイスラム勢力をイベリア半島から一掃しようとするレコンキスタ(国土回復運動)とよばれる群雄割拠の時代が続きますが、実際にはいくつものキリスト教国とイスラム教国が互いに勢力争いをくりかえす時代となったのです。
ですから、ゲルマンとローマとキリスト教が合わさった西欧文化と、アラブ・イスラムの文化、さらにはユダヤの文化とが混合したスペイン独特の文化・風土が生まれていったのです。

そのような中、やがて強大になり後にスペイン統一の核となるカスティーリャ王国に、13世紀になって賢王と呼ばれたアルフォンソ10世が現れます。
彼は三宗教の王を名乗って異文化を保護し、またみずから「スペイン史」や「世界史」などの歴史書、古代ローマ法を理念とする「七部法典」を編纂しました。またアラビアから伝わったプトレオマイオスの天文学・占星術を「天文学の書」として翻訳し、またそれを元に天体観測が行われて「アルフォンソ天文表」が作成されましたが、これは後に16世紀にコペルニクスの『天球の回転について』に基づくエラスムス・ラインホルトの天体運行表「プロイセン表」が作られるまで、ヨーロッパで最も一般的な惑星の天体運行表として用いられたのです。

さて、アルフォンソ10世は詩作を好んだほか、みずからも作曲も手がけて、「聖母マリアのカンティガ集」を編纂・完成させました。これは聖母マリア信仰の厚かった王が、ヨーロッパ各地に伝わる聖母マリアの奇跡物語を集めて作曲させた頌歌で、西ゴート王国時代のキリスト教典礼歌やスペイン俗謡、アラブの音楽やイスラム教徒(ムーア人)の音楽、そしてトルバドゥールとトルヴェールなどの吟遊詩人たちの技法などが混然一体となっています。

こうして、アラブ・イスラム文化の強い影響を受けて始まった中世の吟遊詩人たちの活動は、多文化混交が最も進んだスペインにおいても、ユニークな音楽となって花開いていたのです。